【日野原重明(1911-2017)】
日本中でよく知られ、敬愛された日野原重明医師は、メソジスト教会牧師の家庭に生まれ育ちました。関西学院、京大医学部で学んだ後、太平洋戦争開戦直前に、現在の聖路加国際病院に赴任しています。聖路加病院には、アメリカ大使など外国人、日本の政治家、要人も診療に訪れました。戦後は、占領軍により接収されますが、日野原はその図書館を利用することができ、アメリカの医学に接することができました。
日野原はメソジスト教会の奨学金で、アメリカに留学、アメリカの医療に接し、カルチャーショックを受けます。アメリカの診察室では、医者の椅子が粗末であること、日本では医師の椅子が立派で、患者の椅子が粗末であるのと逆。医師は、患者を診察するときは、いつもベッド横に椅子を寄せて座り、患者を威圧するような姿勢はとらない。また、患者を大切に扱い、問診の時間が長い、などなど。日野原医師のお仕事は、このアメリカ経験を原点にしています。
聖路加病院で早くから取り組んだことに、「人間ドック」があります。今日ではだれもが知っている定期健康診断ですが、これもアメリカで始められ日本に導入したものでした。日野原医師はその機会に、各種の検査だけでなく、食事の内容や運動の習慣など、健康維持の指導を重視しました。そこで「生活習慣病」という言葉も生み出され、予防医学の取り組みがなされました。
日野原医師は不思議に、大きな社会的事件に遭遇しています。一つは、「よど号」ハイジャック事件。過激派の学生が日本刀を持ち込んで、航空機をハイジャックして北朝鮮に向かった事件で、その飛行機の乗客であったことです。もう一つは、地下鉄サリン事件。都心の地下鉄でサリンが撒かれ、大勢の患者が聖路加病院にも担ぎこまれ、病院は640人全員を受け入れました。それが可能となった背景には、救急医療への準備がありました。同病院には、病室だけでなく、ラウンジやチャペル、廊下にも、酸素吸入の配管がなされていたのです。音楽療法、緩和ケア、新老人の会など、日野原医師が手掛けたことは、数多くあります。その構想と情熱は、日野原医師が牧師の家庭で育ったことと無縁ではありません。
担当 梅津 順一
- カテゴリー:
- キリスト教入門
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